上司に呼ばれて、来月から別の部署へ、あるいは別の勤務地へ、と内示を受ける。40代になると、こうした場面に何度か出会います。家族の事情や、いまの仕事への思いがあると、まず「これは断れるのか」と考えると思います。
検索すると、法律の解説と「上手な断り方」の記事が並んでいます。どちらも役に立ちますが、会社がどう決めていて、内示を伝える側が何を聞きたいのかは、あまり書かれていません。
この記事では、まず就業規則と判例でどう考えられているかを整理し、そのうえで、内示を伝える側に回ることのある管理職の立場から、内示を受けたときに確かめておくことを書きます。なお、ここに書くのは一般的な考え方です。個別のケースで有効か無効かの判断は、専門家に相談してください。
内示とは、何でしょうか?
正式な辞令が出る前に、本人に先に伝える予告です。
内示は法律で決められた手続きではなく、多くの会社が慣行として行っているものです。辞令が出てしまうと、会社としての決定になります。内示の段階は、まだ本人の事情を聞いて調整できる余地が残っている時期です。
だからこそ、伝えておきたい事情があるなら、内示の段階で話すのがいちばん効きます。辞令が出たあとでは、同じ話をしても動かせる範囲が小さくなります。
人事異動の内示は、断れるのでしょうか?
就業規則に異動の定めがあり、勤務地や職種が限定されていなければ、原則として断るのは難しいとされています。
厚生労働省のサイト「確かめよう労働条件」の配置転換の解説では、就業規則に転勤を命じられる旨の定めがあり、実際に転勤が行われている会社では、会社は個別の同意なしに勤務場所を決められる、と整理されています。
そのうえで、転勤命令が権利の濫用になる場合として、最高裁の東亜ペイント事件(昭和61年7月14日判決)が示した3つの場合が挙げられています。
| 権利の濫用とされうる場合 | 中身 |
|---|---|
| 業務上の必要性がない | ただし「余人をもっては容易に替え難い」ほどの必要性までは求められず、会社の合理的な運営に役立つ点があれば足りるとされています |
| 不当な動機・目的がある | 嫌がらせや、退職に追い込むための異動など |
| 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある | 本人や家族の事情によって、普通に我慢できる範囲を大きく超える不利益が生じる場合 |

裏返すと、この3つのどれにも当たらない異動は、断るのが難しいということです。「行きたくない」「いまの仕事を続けたい」だけでは、会社の命令を止める理由にはなりにくいと考えておいたほうがいいです。
断れる可能性があるのは、どんなときでしょうか?
勤務地や職種を限定する約束があるときと、介護や育児で大きな不利益が出るときです。
ひとつは、採用のときに職種や勤務地を限定する約束をしている場合です。最高裁は滋賀県社会福祉協議会事件(令和6年4月26日判決)で、職種を限定する合意がある場合、会社は本人の同意なしにその合意に反する配置転換を命じる権限を持たない、と判断しました。
もうひとつは、家族の事情です。育児・介護休業法の第26条は、勤務地が変わる異動について、事業主に次のような配慮を求めています。
事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。
育児・介護休業法 第26条
家族の介護の状況を考えて、転勤命令が無効とされた裁判例もあります(ネスレ日本事件)。ただし、どの程度の事情があれば認められるかは、ケースごとに判断されます。自分の場合がどうかを知りたいときは、会社の人事に加えて、都道府県労働局の総合労働相談コーナーや弁護士に相談するのが確実です。
会社は、異動をどう決めているのでしょうか?
8割近くが、会社主導で決まっています。
労働政策研究・研修機構の「企業の転勤の実態に関する調査」(2017年10月公表・従業員300人以上の企業1,852社が回答)では、転勤の決め方について、会社主導で決める企業が79.7%、社員の意見や希望を踏まえる企業が19.4%でした。
一方で、過去3年間に転勤の際に考慮したことがある家族の事情を聞くと、「親等の介護」が56.7%で最も多くなっています。会社主導で決めていても、事情を伝えれば考慮されることは少なくない、ということです。
正社員に聞いた調査では、転勤の免除を求めた経験が「ある」人は12.2%でした。言われたとおりに受ける人が大半で、事情を伝える人は1割ほどにとどまっています。

調査は少し前のものですが、会社が主導して決め、本人の事情は伝えられたときに考える、という形はいまも多くの会社で変わっていないと思います。伝えなければ、考慮される機会そのものが来ません。
内示を伝える側は、何を聞きたいのでしょうか?
その場の返事ではなく、伝えておくべき事情があるかどうかです。
管理職は、内示を伝える側に回ることがあります。伝える側に立つと、内示の場で聞きたいのは「行きます」「行きません」という返事より、異動の前に会社が知っておくべき事情があるかどうかです。
事情を聞いておけば、異動の時期をずらす、通える範囲の勤務地を探す、といった調整を人事に持ち込めます。逆に、辞令のあとで初めて事情を聞くと、伝える側にもできることがほとんど残っていません。
伝え方で差が出るのは、次の3点です。
- 事情は内示の場か、その直後に伝える。持ち帰って考える時間をもらうのはかまいませんが、辞令までに伝えることが大事です
- 事情は具体的に伝える。「家庭の事情で」ではなく、誰の、どんな状況で、週にどのくらい必要なのかまで話すと、調整の材料になります
- 「嫌です」ではなく「この条件なら」で話す。時期、勤務地、期間のどれを動かせば受けられるのかを示すと、会社も調整しやすくなります
内示を受けたら、何を確かめればいいのでしょうか?
就業規則の異動の条文、雇用契約書の勤務地と職種の欄、そして自分の事情の3つです。
- 就業規則の異動・転勤の条文。会社が異動を命じられる根拠がどう書かれているかを読みます
- 雇用契約書や労働条件通知書の、勤務地と職種の欄。限定する書き方になっているかどうかを確かめます
- 自分と家族の事情。介護や育児、本人の健康など、異動で続けられなくなるものがないかを書き出します

この3つが手元にそろっていれば、内示の場で話すことも、相談先に持っていく材料もそろいます。役職や等級が変わる異動の場合は、給与がどう変わるかも合わせて確かめておくと安心です。役職が外れるときの仕組みは40代で降格を言い渡されたときに書いています。
異動をきっかけに転職を考えるのは、早すぎるでしょうか?
早すぎることはありません。ただ、内示への返事と転職の判断は分けて考えたほうがいいです。
異動は、いまの会社が自分をどう使おうとしているかが見える機会です。その使われ方に納得できないなら、外の選択肢を調べ始めるのは自然なことです。
ただ、内示への返事を「転職するかどうか」と同時に決めようとすると、どちらの判断も急ぎになります。内示には事情を伝えて対応し、転職は別に時間をとって考える。そのほうが、あとで振り返ったときに後悔の少ない選び方になります。40代管理職の転職の進め方は40代管理職の転職は、応募の前に「声がかかるか」で測る、相談先の選び方は40代のキャリア相談はどこにする?にまとめています。
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まとめ
- 内示は辞令の前の予告。事情を伝えるなら、この段階がいちばん効く
- 就業規則に異動の定めがあり、勤務地や職種の限定がなければ、原則として断るのは難しい
- 職種や勤務地を限定する約束があるときや、介護・育児で大きな不利益が出るときは、扱いが変わることがある
- 転勤の8割近くは会社主導で決まるが、親の介護は半数以上の企業で考慮されている
- 内示を受けたら、就業規則・雇用契約書・自分の事情の3つを確かめる
内示は、会社からの一方的な通知に見えますが、実際には本人の事情を聞ける最後の時期でもあります。断れるかどうかを考える前に、伝えるべきことを伝えておく。それだけで、選べるものは残ります。
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出典
厚生労働省「確かめよう労働条件」配置転換(転勤)の解説
育児・介護休業法 第26条(労働者の配置に関する配慮)
労働政策研究・研修機構 調査シリーズNo.174「企業の転勤の実態に関する調査」(2017年10月25日公表/企業調査 従業員300人以上・有効回収1,852社、正社員調査 有効回収5,827人)
※この記事は一般的な情報をまとめたものです。個別の異動命令が有効かどうかの判断は、弁護士や労働局の相談窓口にご相談ください。