面談の終わりに「少しお時間いいですか」と言われ、そのまま「辞めようと思っています」と続く。上司の頭に最初に浮かぶのは、たいてい「どうやって引き止めるか」です。
検索すると、出てくるのは2種類の記事です。会社向けの「引き止め方マニュアル」と、辞める側向けの「引き止めのかわし方」。どちらも、いま目の前で言われた上司が最初に何を確かめればいいかには、あまり答えてくれません。
私は評価をつける側にいて、辞めると言われる側でもあります。この記事では、まず調査で「辞めます」の中身を確かめ、そのうえで、引き止める前に確かめることと、引き止めてもいいときの線を書きます。
部下の「辞めます」は、どのくらい固まっているのでしょうか?
多くの場合、上司が聞いた時点で、もう決まっています。
エン・ジャパンが2024年に『エン転職』の利用者3,780名に聞いた調査では、退職を最初に伝えた相手は「直属の上司」が89%でした。
上司は、たいてい最初に聞く人です。ただ、本人の中では、それは最後の段階です。迷っている段階なら、話は「相談」の形で来ます。「辞めます」という言い方で来たときは、次が決まっているか、少なくとも本人の中では決めています。
ここを取り違えると、上司は「まだ間に合う」と思って説得を始め、本人は「やっぱり言っても無駄だった」と確かめて帰ることになります。
聞いた理由は、本当の理由なのでしょうか?
半分近くは、本当の理由ではありません。

同じ調査で、退職を伝えるときに本当の理由を伝えなかった人は44%でした。伝えなかった理由でいちばん多かったのは「円満退社したかったから」で、46%です。
| いちばん多かった理由 | |
|---|---|
| 会社に伝えた理由 | 新しい職種にチャレンジしたい(31%)。2番目は「別の業界にチャレンジしたい」(19%) |
| 本当の理由を伝えなかった人の、本当の理由 | 職場の人間関係が悪い(38%) |
「新しいことに挑戦したい」と言われたとき、それが嘘だと決めつける必要はありません。ただ、そう言うしかない事情がある場合が少なくない、ということは頭に置いておいたほうがいいと思います。そして、その事情の中に上司自身が含まれていることもあります。
引き止めは、効くのでしょうか?
理由が建前のままなら、効きません。
建前の理由に条件を出すと、話がずれていきます。「新しい職種に挑戦したい」に対して「それなら社内で異動を考える」と返すと、本人はもう一つ断る理由を探すことになります。本当の理由はそこにないからです。
評価をつける側として、もう一つ書いておきたいことがあります。引き止めで残ってもらったあとの扱いです。一度出た「辞めます」は、本人も、周りも覚えています。残ってもらうために出した条件が、あとで周りから見て特別扱いに映ると、今度は別の人が線を引きはじめます。
引き止めは、残ってもらうところで終わる話ではありません。そのあとの評価と配置まで、同じ上司が引き受けることになります。
法律上、引き止めはどこまでできるのでしょうか?
辞めるかどうかを決めるのは、本人です。
民法627条1項では、期間の定めのない雇用は、本人が退職を申し入れてから2週間がたつと終了するとされています。就業規則に「退職の1か月前までに申し出る」といった定めがある会社も多いのですが、個別のケースでどちらがどう扱われるかは専門家の領域なので、ここでは書きません。
上司の立場で言えるのは、引き止めは「お願い」の範囲でしかできない、ということです。強く引き止めるほど、本人は次の手を考えます。言っても辞めさせてもらえないと感じた人が、退職代行を使うこともあります。
では、上司は最初に何をすればいいのでしょうか?
引き止める前に、一度だけ、本当の理由を聞く場をつくります。
その日のうちに答えを求めないこと。そして、ここで聞いた話は評価には使わないと、先に言っておくこと。言うだけでなく、実際に使わないことです。
聞く順番は、次のようにしています。
- いつごろから考えていたか
- 何が決め手になったか
- 何が違っていたら、考えなかったと思うか
3つ目は、過去形で聞きます。「何が変われば残ってくれるか」と未来形で聞くと、交渉になります。交渉になると、本人は条件を言うか、言わないかの判断を迫られます。過去形なら、振り返りとして話せます。
引き止めるかどうかを決めるのは、この話を聞いたあとです。
引き止めてもいいのは、どんなときでしょうか?
理由が職場の側にあって、それを自分が変えられるときだけです。

| 自分の権限で変えられること | 約束しないほうがいいこと |
|---|---|
| 担当している仕事の中身 | 給与の体系 |
| 評価の説明のしかた | 会社の将来性 |
| 自分の部署の中での配置 | 自分の権限の外にある異動や昇進 |
右側の理由で辞めようとしている人に、変えられないものを「なんとかする」と約束して引き止めると、守れなかったときに信頼ごと失います。そのときは、次は相談ではなく、もっと別の形で辞めていきます。
左側の理由なら、引き止めてもいいと思います。ただしその場合も、「変える」と言ったことを、期日を決めて実際に変えるところまでが引き止めです。
送り出すと決めたら、何をすればいいのでしょうか?
引き継ぎの段取りと、周りへの伝え方を先に決めます。

最終出社日、有給休暇の残り、引き継ぐ相手と期間。これを本人と一緒に決めます。周りにはいつ、誰から伝えるかも決めておきます。本人が自分で言いたいのか、上司から言ってほしいのか、それも聞いておくと揉めません。
もう一つは、抜けた分の仕事の行き先です。放っておくと、手の空いている真面目な人に寄ります。寄った分を誰が引き受けたかは、評価に残しておきます。
辞めると決まった人の、最後の評価期間の扱いにも気をつけています。辞めることを理由に評価を下げない。最後までやった仕事は、やった分だけ評価に書きます。周りはそこを見ています。
「辞めます」を減らすことはできるのでしょうか?
辞める前に、相談の形で来てもらえる関係を先につくることです。
89%が最初に直属の上司に伝えるということは、上司は「最後に聞く人」であると同時に、「最初に聞ける人」でもあるということです。
本当の理由でいちばん多かったのは、職場の人間関係でした。上司が人間関係のすべてを直すことはできません。ただ、「辞めます」の前に「実は」と話してもらえる状態にしておくことはできます。その差は、言われたときに引き止めの手があるかどうかの差になります。
上司の何気ないひと言が、部下に「この人に言っても無駄だ」と思わせることがあります。その言葉を5つ並べた1分の動画も作っています。 部下が黙って諦めた、上司の言葉5選(YouTube)
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まとめ
- 部下が退職を最初に伝える相手は、直属の上司が89%。上司が聞いた時点で、本人の中ではもう決まっていることが多い
- 退職の本当の理由を伝えなかった人は44%。伝えなかった人の本当の理由でいちばん多いのは「職場の人間関係」(38%)
- 建前の理由に条件を出しても、引き止めは効かない
- 辞めるかどうかを決めるのは本人。引き止めは「お願い」の範囲でしかできない
- 引き止める前に、一度だけ本当の理由を聞く場をつくる。3つ目の質問は過去形で聞く
- 引き止めてもいいのは、理由が職場の側にあって、自分の権限で変えられるときだけ
- 送り出すと決めたら、引き継ぎの段取りと、抜けた仕事の行き先を先に決める
「辞めます」は、関係の終わりではなく、関係の結果が見える日です。引き止めの上手下手より、その日までに何があったかのほうが、ずっと多くを決めています。
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出典
エン・ジャパン「3700人に聞いた『退職の報告』に関する調査」(2024年12月18日発表/調査期間 2024年10月29日〜11月26日・『エン転職』ユーザー 有効回答3,780名)
民法 第627条第1項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)