朝、知らない番号から会社に電話が入り、部下が今日から出社しないと告げられる。本人とは話せない。理由も分からない。
このとき上司の頭に最初に浮かぶのは、たいてい「なぜ直接言わなかったのか」です。ただ、その日に片付けなければならないのは、その問いではありません。
この記事は、受けた側の手順として書きます。退職代行を使う側の記事はたくさんありますが、使われた側の記事はほとんどありません。個別のケースが適法か違法かという話には踏み込みません。それは弁護士の領域です。書くのは、連絡が来てからの数日で実際に動くことと、そのあと現場に何が残るかです。
退職代行は、どれくらい来ているのでしょうか?
全体では7.2%ですが、大企業に限ると15.7%です。
東京商工リサーチが2025年6月2〜9日に実施した調査(有効回答6,653社)では、退職代行を使って辞めた社員がいた企業の割合がこうなっています。
| 区分 | 割合 |
|---|---|
| 全企業 | 7.2% |
| 大企業(資本金1億円以上) | 15.7% |
| 中小企業(資本金1億円未満) | 6.5% |

大企業では6社に1社近くが経験しています。珍しい出来事ではなくなりました。
この数字を見ておく意味は、自分の管理能力の問題として抱え込まないためです。自分の部署で初めて起きると、どうしても自分のやり方が原因だと考えます。ただ、これだけ広い範囲で起きていることには、個々の上司の資質とは別の背景があります。
使うのは若手だけなのでしょうか?
20代が60.8%で最も多いものの、40代が11.0%、50代も6.4%います。
| 年代 | 割合 |
|---|---|
| 20代 | 60.8% |
| 30代 | 26.9% |
| 40代 | 11.0% |
| 50代 | 6.4% |
| 10代 | 5.0% |
| 60代以上 | 2.8% |
たしかに20代が中心です。ただ、40代以上を合わせると2割前後あります。「最近の若い子は」で説明しきれる話ではありません。
長く勤めた人が使う場合、理由はむしろ分かりやすいことがあります。言えば引き止められると分かっていて、その会話に耐えられる体力が残っていない。辞めると決めた人にとって、あの面談は説得の場に見えています。
連絡が来たら、最初に何をするのでしょうか?
本人の意思であることを、書面で残る形で確認します。
最初にやるのは、感情の整理ではなく事実の確認です。
- 連絡してきたのがどこか(弁護士か、労働組合か、民間の事業者か)
- 本人が退職を希望しているという意思表示が、書面やメールで確認できるか
- 最終出社日と、有給の扱いについて本人がどう希望しているか
ここを口頭のやり取りだけで進めると、あとで食い違います。会社として動くのは、本人の意思が確認できてからです。
なお、代行業者の種類によって、できることの範囲が違うと説明されています。この整理は別の記事にまとめてあります。
本人と直接話すことはできるのでしょうか?
「本人に連絡しないでほしい」と伝えられている場合、そこを押し切らないのが原則です。
上司としては、ひとことだけでも話したいと思います。引き継ぎのことも、これまでのことも。
ただ、代行を通すという選択は、直接のやり取りを避けたいという意思表示そのものです。そこを押して連絡すると、本人にとっては最後に避けたかったことが起きることになり、会社にとっても、あとで問題として扱われる余地を残します。
伝えたいことがあるなら、代行を通して伝えます。内容が短くなっても、相手に届くことのほうが大事です。
そのあと、現場に何が起きるのでしょうか?
同じ調査で、残った人の残業が発生した企業が31.1%ありました。

退職代行で人が辞めた企業481社のうち、その業務をカバーするために残業が発生したと答えたのが31.1%です。3社に1社近くになります。
これが、上司にとって本当の問題です。突然の退職で困るのは、気持ちの整理がつかないことではなく、引き継ぎの資料がないまま業務が止まることのほうです。

そして、ここで残業を引き受けるのは、多くの場合その部署に残っている人です。辞めた人への感情が、残った人の負荷という形で現れます。この順番を間違えると、次に辞めるのは残った側になります。
だから、連絡が来た日にやるべきことの優先順位はこうなります。
- 本人の意思の確認(書面で残す)
- その人が持っていた仕事の棚卸し(誰も引き継げないものから洗い出す)
- 残る人への割り振りと、そのぶん落とす仕事の決定
3つ目を飛ばすと、残った人の仕事だけが増えます。足すなら、必ず何かを落とします。
会社として、決めておいたほうがいいことはありますか?
窓口を人事に一本化しておくことです。上司が個人で受けると、判断がぶれます。
連絡は、たいてい所属長か総務の代表番号に入ります。そこで受けた人がその場で答えてしまうと、あとから会社の対応として揃わなくなります。
事前に決めておくと、当日の判断が減るのは次の4つです。
- 誰が窓口になるか(所属長ではなく人事、と決めておく)
- 貸与物をどうやって返してもらうか(郵送か、宅配か、着払いか)
- 離職票や源泉徴収票の送付先を、どこで確認するか
- 最終出社日と有給の扱いを、誰が決裁するか
これを決めていない会社で起きるのは、上司が善意で立ち回って、あとで「なぜ勝手に約束したのか」と言われる展開です。窓口を分けておくことは、上司を守る仕組みでもあります。
なぜ直接言われなかったのでしょうか?
言えば止められると思われていた、というのがいちばん多い理由です。
これは調査の数字ではなく、受けた側として何度か考えたことです。
退職の申し出を受けたとき、上司はたいてい引き止めます。それは悪意ではなく、役割としてそう振る舞います。人が減れば計画が崩れますし、上から理由を聞かれるのは自分です。
ただ、辞める側から見ると、その面談は「決めたことを覆される場」に見えています。一度そう思われていると、直接言う選択肢は最初から消えています。
思い当たることがあるとすれば、日ごろの1対1の場で、相手の話を最後まで聞いたことがあったかどうかです。途中から自分の考えを説明し始めていたなら、相手は「この人には結論を伝える場がない」と学習しています。
これは責めの話ではありません。直接言われなかった理由を「本人の常識のなさ」に置くと、次も同じことが起きるという話です。
次に同じことが起きないようにできるのでしょうか?
完全には防げません。ただ、兆候が出る場所は決まっています。
辞めると決めた人は、その前に静かになります。会議で意見を言わなくなる、雑談の輪から外れる、質問が減る。これは「やる気がなくなった」ように見えますが、実際には「ここで決めても仕方がない」と判断した状態です。
もうひとつ、分かりやすい兆候があります。その人が抱えている仕事について、こちらが中身を説明できなくなっているときです。 任せきりにして半年経ち、何をどこまでやっているか把握していない。この状態は、本人にとっては「見られていない」ことを意味します。
兆候を見つけたら引き止める、という話ではありません。見ておけば、少なくとも引き継ぎの空白は小さくできます。
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まとめ
- 退職代行を経験した企業は全体で7.2%、大企業では15.7%(東京商工リサーチ・2025年6月・6,653社)。珍しい出来事ではない
- 利用者は20代が60.8%と中心だが、40代11.0%・50代6.4%もいる。若手だけの話ではない
- 連絡が来たら、まず本人の意思を書面で残る形で確認する。口頭だけで進めない
- 「本人に連絡しないでほしい」と伝えられているなら、そこは押し切らない。伝えたいことは代行を通す
- 退職代行での退職があった企業の31.1%で、残った人の残業が発生している。感情の整理より、引き継ぎの空白を埋めるほうが先
- 仕事を足すなら、必ず何かを落とす。それをしないと、次に辞めるのは残った側になる
- 窓口を人事に一本化しておく。上司が個人で受けると判断がぶれる
直接言われなかったことは、しばらく残ります。ただ、その問いに答えが出るのは、たいていずっとあとです。その日にできるのは、残った人の手当てのほうだけです。
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出典
東京商工リサーチ「退職代行に関するアンケート調査」(2025年6月2〜9日/有効回答6,653社)